バティックとは

バティックは、インドネシアのジャワ島、マドラ島、スマトラ島の一部で作られてきたロウケツ染めの布で、日本では「ジャワ更紗」の名で親しまれてきました。私たちが「更紗」呼んでいる布には、ジャワ更紗のほかに、インド更紗、シャム(タイ)更紗、ペルシャ更紗、ロシア更紗、ヨーロッパの銅版更紗、目本の和更紗があり、それぞれ制作された国も技法も異なりますが、共通していることは、鮮やかな色彩で異国情緒あふれる花、鳥、人物などが、主に木綿に染められたり、描かれていることです。もともと「さらさ」という言葉は外来語で、室町時代末期にポルトガルやスペインとの問で始まった南蛮貿易によって、鎖国後はオランダ船によって入ってきた布の総称です。 その中でもジャワ更紗は、ロウケツ染めの技術を追求し、駆使し発達した布で、そのインドネシア語の「バティック」はロウケツ染めの世界共通語のように使用されるようになりました。これは、バティックが世界の伝統染織のなかでも高く評価されてきたからですが、「バティック」の語が確認され、ロウケツ染めを意味して用いられたのは18世紀後半になってからです。18世紀以前の文献がほとんどありませんので、作られていたとしても、どのような布であったかはわかりませんし、現存するジャワ更紗の実物資料も大半は19世紀以降とされています。しかし、そのバティックが、19世紀には急激にジャワ島全体で制作され、インドネシアやその周辺地域に大量に送り出され圧倒的な存在感を示します。その制作民族は、ジャワ人を主としたインドネシアの原住民族、ジャワ島に移住した中国、アラブ、ヨーロッパの人々と多国籍に渡り、異文化が交錯し、影響を与え合い、模様の上にそれぞれの特色が表れていきます。そして、古代ジャワから現代までの文化、宗教、民話、自然、事物、流行とあらゆるものをとりいれアレンジをします。私たちが考えつかないような組み合わせがあり、自由であるかと思えば格式を重んじた制約もあります。このようにバティックは色彩や模様、その構成は多様を極めますが、伝統的なデザイン様式は制作地によって大別することができます。

バティックの種類

蝋描き方法での分類
  • 手描き (バティック トゥリス  Batik Tulis)
    チャンティンを使用して描く。
    ラフなものは表描きだけが多く(又は大部分)で大まかな線描きで、1日数枚描き上げることが出来るが、精密なものは表の蝋描きだけでも数カ月かかり、さらに伏せ蝋も布の表裏をするため、制作に半年以上かかるものもある。
    線描きのチャンティンも蝋の出る穴が0.5mm~2mm位とあり、布、品質に合わせて使い分ける。蝋描きに使用するチャンティンの形が中部ジャワ型、プカロンガン型とある。すべて手作りで銅板を加工して作る。
  • 型押し(バティック チャップ  Batik Cap)
    銅製のスタンプ型で蝋を押す。
    スタンプ型は線描き模様用が表裏の1組、蝋伏せ部分用が表裏の1組が基本となる。模様用は更に輪郭線の部分、イセン部分用の2組に分けることもある。
    安価に売られているバティックチャップは表面からの型押し1回だけで仕上げてしまう場合が多い。
  • プリント (バティック プリンティング)
    蝋を用いず染料を直接ローラーなどで布に付着させる。そのため、これらは「バティック柄プリント」としてバティックではないと言われてもいる。
  • コンビネーション バティック
    型押し+手描き
    プリント+手描き
    プリント+型押し
    プリント+型押し+手描き

上記のように染色段階に応じて組み合わせる。丁寧に両面型押しをし、点描を手描きしたバティックは高級手描きバティックとなかなか区別が付かないものもある。初期のプリントは裏が白く、同じ調子の染料の置き方のためすぐに見分けがついたが、最近はプリント技術が向上したためバティックの色のかすれ具合、両面プリントも出来るため、コンビネーションにすると全部手描きのバティックとして売られていることも多い。

バティックの制作地とその特徴

バティックは、王宮を中心としてジャワ文化の伝統工芸として発達した中部ジャワバティックと、ジャワ島北海岸の港町中心にその交易品として作られてきた北岸系バティックに分けられます。前者の制作地は、ジョクジャカルタ、スラカルタ、後者は、チルボン、プカロンガン、ラスム、マドラ島、ガルット、インドラマユ、ジャンビなどがあります。

ジョクジャカルタ(ヨグヤカルタ)

16世紀後半に注目されたイスラム・ マタラム王国の宮廷文化が深く根付いています。17世紀、スルタン・アグン王の代に最盛期を迎え、その時に生まれたとされる模様のいわれや着装の決まりが残り、宮廷内の儀式には身分を表すバティックを用い、王族、貴族以外には着用を禁じた模様もありました。この禁制模様は、斜め柄の幾何学模様、七宝柄、ジャワ文化の世界観をあらわしたスメン模様などであり、その色彩は、ソガ染料(植物染料で茶褐色) と藍を使い、茶と紺にします。中部ジャワのバティックは特にカイン(布)ソガと呼ばれます。ジョクジャカルタでは、白地の部分をはっきり際立たせるのが特徴です。

スラカルタ(通称ソロ)

ジョクジャカルタ王国と18世紀半ばに分かれ、スラカルタ様式の文化が確立されます。バティックは王領内で制作されていましたが、19世紀にはジャワ人による大工房ができ、大衆向けのチャップ(型押し)バティックの制作がされバティック長者が出現します。彼らは自家用には手間暇を惜しまない、丁寧で洒落たバティックを作りました。そのバティックは、カイン・ソガですので茶と紺の二色ですが、卓越した蝋描きの技法で多色に劣らない色の広がりを表現しています。模様は伝統の幾何学柄が多いですが、蝶、動物、人物、扇、ラケットなど新しいものを 積極的に取り入れ、遊び心があります。

チルボン

西部ジャワと中部ジャワの境にある港町です。16世紀に建国されたチルボン王国の王都で、東西交通の要所、文化の交流地として栄えました。その王の元に中国の王妃が嫁ぎ数多くの美術工芸品をもたらしたとされます。そのため中国文化の影響が色濃く、代表とされるメガ模様は、中国の繧繝模様です。また、この宮廷内外の情景や文物を題材とした模様(ワダサン)があり、木彫りやバティックに取り入れられています。蝋伏せに特徴があり、細かい線を「堰き出し」技法で染め出し、無地の部分に色が入らないことが上質とされます。

プカロンガン

北岸系バティックの代表地とされています。その多彩な花柄のバティックは、ヨーロッパ系工房が絵葉書、陶器、壁紙などのデザインをアレンジして制作され始めたもので、中には西洋の童話が題材にされるなどと、バティック模様に新しい風を入れ模様の構成も変 わりました。ヨーロッパ系工房は第二次大戦後なくなりますが、その後は中国系工房に受け継がれ作り続けられます。アラブ系、インドネシア系工房も多く、他の地域に比べてはるかに明るい多彩のバティックを制作し、国内はもとより、海外にも大量に輸出されています。また、精緻を極めた高価な布から、素朴な安価な布まで幅広くあります。

ラスム

小さな港町ですが、中国本土より移住した人々の拠点で商業が盛んでした。そのため、中国系住民が多く、典型的な中国人家屋が白い壁に囲まれて残っています。現在では、バティックはほとんど制作されていませんが、20世紀半ばまでは、ジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島で「ラスムアン」として好まれ多くの工房がありました。中部ジャワ系の幾何学模様と中国系の動植物をアレンジし、赤、青、黄、緑、茶、紫といった色彩を重ねていきます。

マドラ島

マドラ島は、ジャワ島西部の町よりフェリーに乗って約30分です「乾いた土地」といわれ農地には向かないため、人々はタバコや船による交易で生計をたてています。島の中で一番手の良いバティックを作る村は、船乗りが多く、夫が1~2ヵ月という航海に出てしまったその留守を守る妻達が、生活の糧として、また心のよりどころとしてバティックを作り始めたとされています。バティックは典型的な北岸系バティックの色彩、技法ですが、模様は身近な植物、海産物のアレンジが多くなっています。

ガルット

西部ジャワの山間に位置し、近郊には温泉の湧き出る観光地があり、涼しく絹織物の産地として知られています。バティックは中部ジャワ系と北岸系の中間のように、ここでしか見られないアレンジがあります。模様は、中部ジャワの伝統柄がほとんどですが、すっきりとした印象で伝統柄をより単純化し、細かい地紋を入れず地色を生かしています。

スマトラ島 ジャンビ

スマトラ島の東南部にあり、16世紀から20世紀初頭まではジャンビ王国の王都で、胡椒の出荷地として栄え、重要な港湾都市でした。そこで、模様や色彩がスマトラ市場向けのバティックが、ジャワ島で制作され大量に送られます。それに携わった人々が移住し、作り始めたとされています。ジャワ島で好まれているバティックと異なり、蝋描きは粗く、赤と濃紺のコントラストが際立っています。スマギ(インドネシア向けインド更紗)をもとにした模様も多く、日本の茶会で好まれた「おこげ」と呼ばれる模様もこのバティックです。

バティックの用途とその着用

バティックは腰に巻いたり肩にかけたり頭巾として使ったりします。

  • カイン・パンジャン(100~106×約260cm)
    ジャワの女性の正装で腰に巻きます。中部ジャワバティックと北岸系バティックで模様構成が違います。
  • サロン(100~106×185~225m)
    筒状に縫い合わせその中に入り腰に巻きつけます。
  • スレンダン(30~50×200m)
    折りたたんで右肩からかける女性用の肩掛け。
  • カイン・クパラ(100×100m)
    中部ジャワの男性が正装時にかぶる頭巾。
  • ゲンドンガン(大きさはカイン・パンジャンとほぼ同じ)
    抱きかかえ布。赤ん坊をくるんで抱いたり荷物を運ぶときに利用します。